プロローグ

加賀の井酒造株式会社

ヒスイと日本列島誕生のドラマが息づく糸魚川

日本海と北アルプスに抱かれた町、糸魚川。この土地の成り立ちと歴史は、街のシンボル・ヒスイ(翡翠)をなくしては語れません。
糸魚川のヒスイは日本列島誕生より遥か昔、5億2000年ほど前に大きなプレートの活動により、深い海の底で誕生しました。その後も続いた地殻変動により地表に押し上げられ、風化や浸食により山から川へ運ばれ、糸魚川の海岸では今でもヒスイを発見することができます。

ヒスイ海岸
ヒスイ探しにチャレンジ
ヒスイ原石
小滝川ヒスイ峡

透明度が高くキラキラ美しく光る糸魚川のヒスイは、太古の人々をも魅了しました。
「長者ヶ原遺跡」では、約5000年前の縄文時代にはすでに、大量のヒスイが加工され交易に使われていた痕跡が発見されています。その後も加工技術は発達し、宗教的儀式などに使われた勾玉(まがたま)は、全国に運ばれていきました。

長者ヶ原遺跡
ヒスイの加工品

勾玉は神話の国・出雲にも伝わり、糸魚川と深い関係があったことが「古事記」にも記されています。

かつてこの辺り一帯は「高志(こし)(越)の国」と呼ばれ、才色兼備と誉れ高い 奴奈川姫(ぬなかわひめ)が治めていました。その噂を聞きつけた出雲の大国主命(おおくにぬしのみこと)が、700キロもの距離を越えて姫に合うためにやってきて求婚。めでたく結ばれた2人の間には息子の建御名方命(たけみなかたのかみ)が生まれました。糸魚川には奴奈川姫を祀る神社がいくつもありますが、中でも天津(あまつ)神社では、奴奈川姫とともに大国主命が祀られ、糸魚川の総鎮守としてあがめられています。また、2人の息子の建御名方命は諏訪大社に祀られ、歴史的に出雲、糸魚川、諏訪は、交易などで交流が盛んだったことがうかがえます。神話でご縁のあるこの地域の関係は、時を超え現在にも引き継がれ、2019年には「神話の縁結び かみがたりネットワーク」が設立され、新たな交流が進められています。

奴奈川姫お建御名方命の像
天津神社
天津神社の祭り

糸魚川は、日本列島の成り立ちを目の当たりにできることでも稀有な場所です。
今から2000年ほど前、現在の日本列島はアジア大陸から引き離されたあと、東西に分断されました。その西側の裂け目が「糸魚川-静岡構造線」と言われる断層で、東側の裂け目は「柏崎-千葉構造線」と呼ばれています。この2つの断層の間は海でしたが、長い年月の間に堆積した土で埋め立てられ、その後の地殻変動で隆起して山脈となり、現在の日本列島ができ上がりました。この東西の断層の間はドイツ人の地質学者によって発見され、「フォッサマグナ」(ラテン語で「大きな溝」)と呼ばれています。その成り立ちや地質は、「フォッサマグナミュージアム」で詳しく紹介されています。また。フォッサマグナの西側の断層は、「フォッサマグナパーク」で見学することができます。この糸井川の地質は、世界的にも価値が高い遺産として、2009年にユネスコの世界ジオパークに認定されました。

フォッサマグナミュージアム
ミュージアム内部
フォッサマグナパーク
弁天岩

フォッサマグナは、糸魚川の地にさまざまな恩恵ももたらしてきました。
一つは豊富な海の幸です。フォッサマグナ(大きな溝)は海の中にも続き、陸の近くから急に深くなっているため、深海から浅瀬までさまざまな種類の魚介類が棲息しています。とくに、ベニズワイガニとアンコウは糸魚川名物として人気を誇っています。
もう一つが、個性豊かな温泉です。なかでも、フォッサマグナの地下からお湯が湧きだす糸魚川温泉は、海水を含むミネラル豊富な泉質で冷え性に効果が高いといわれています。

紅ズワイガニ
あんこう鍋
ひすいの湯

また、糸魚川から始まる「塩の道」も、実はフォッサマグナと関係があります。西の断層、糸魚川-静岡構造線はなだらかな低地が多く、糸井川の塩を内陸の長野や岐阜へ運ぶための道として利用されてきました。その歴史は平安時代にまで遡り、多くの人や牛によって運ばれました。のちには塩とともに海産物などの物資も往来。途中には宿場町もでき、賑わいをみせました。今は物流路としての役割は終えましたが、歴史遺産の古道として注目されています。糸魚川では毎年5月に、“塩の道起点祭り”が開催され、塩の道の一部を歩くイベントが行われています。

塩の道の起点
塩の道
塩の道資料館

今回は、地質的にも歴史的にも価値が高いこの地で、370年以上にわたって酒造りを続けてきた「加賀の井酒造」を取材。その歴史を紐解きながら、代々受け継がれてきたお酒の魅力についてご紹介します。